今日は無駄に長いブログになっている。
暇なら読んで行って欲しい。
因みにショート動画も2つ有り。
すい臓ガンに罹患して最初に考えたのは高齢の両親のこと、そして終活だ。
ボッチで生きてきたので終活についてガンになる前から考えてはいた。
だが考えるだけで実際には何もしていなかったのが実情だ。
昨年末にガンを告知され、今年に入ってから介護保険や終活に関する情報集めを行っている。
実際に終活をサポートする企業からの資料も取り寄せた。
今は親しい友人やお世話になった人に私の持っている貴金属品類など譲れそうな品を少しずつ渡している。
このようにある程度の物は人に譲ったり、まだ利用したことは無いがメルカリなどで販売できるだろう。ただ、どうしても人に譲るのが難しいものがある。
それが生き物だ。
私は20代の頃、ネコを飼っていた。
だが、海外での仕事が決まり7年飼っていたそのネコを両親に預け、結局最後まで面倒を見なかったことがある。
それは実家に帰省する前日のこと。
ネコの具合が悪くなったことを知った。
それを聞いたときに、会いたい気持ち以上に死んでいくネコを見たくない気持ちが勝ってしまったのだ。
その日は忘れもしない12月30日。
早朝から降り始めた雪は次第に激しさを増していた。
実家に向かう列車の中で、降りしきる雪を見ながら死に目に会いたくないと私は願っていたのだ。
そんな気持ちを知ってか知らずか、ネコは30日の早朝に息を引き取った。
ネコを看取った父は雪が積もる前に、と朝早く実家の敷地にある梅の木の下にお墓を作って埋葬してくれていた。
私はうちのネコの元気な姿しか知らない。
具合が悪くなった姿も死に目も居合わせなかった。
そんな無責任な私でもネコが虹の橋を渡ってしまったことで悲しみにくれていた。
そして毎晩、寝る前になると私は涙が溢れて仕方なかった。
泣いても泣いても涙が止まらないのだ。
ある晩、私は夢を見た。
花が咲き乱れる場所に一本の虹がかかっていた。
そこにうちのネコが楽しそうにぴょんぴょんと走り回っているのだ。
生きている間、こんな風に走り回る姿はほとんど見たことがないのに…。
その日から毎晩のように泣くことは無くなった。
そして、少しずつ死に目に合わなかったことを後悔するようになった。
私が一番しなければいけなかったこと、それはうちのネコの最後を見届けること。
どんなに辛くても、それが私の役目だったのだ、と。
そんな当たり前のことにようやく気付いたのだ。
生き物を飼うと決めた以上、出来る限り天寿をまっとうさせて最後を看取る。
私はそれを放棄してしまっていたのだ。
そして今、私の部屋には熱帯魚が居る。

自動給餌器があるので数日の間、家を留守しても大丈夫だ。
しかも犬や猫とは違い、毎日の世話はいらず寿命も短い。
そう思っていたのだ。
だが、それは大きな間違いだと気付かされる。
たまたま気に入ってお迎えした2匹のプラティ。
実はその2匹はオスとメスだった。
そしてお迎えした翌年には…
生き物を飼う以上、最後まで面倒を見る。
それは私の胸に刻まれている。
だがしかし…
今日アップしたショート動画をご覧いただきたい。
ぶひゃぁぁぁぁ~
更に増えているではないか!!!!
絶対にまだまだ死ぬわけにはいかないのである。
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すい臓ガンに罹患して最初に考えたのは高齢の両親のこと、そして終活だ。
ボッチで生きてきたので終活についてガンになる前から考えてはいた。
だが考えるだけで実際には何もしていなかったのが実情だ。
昨年末にガンを告知され、今年に入ってから介護保険や終活に関する情報集めを行っている。
実際に終活をサポートする企業からの資料も取り寄せた。
今は親しい友人やお世話になった人に私の持っている貴金属品類など譲れそうな品を少しずつ渡している。
このようにある程度の物は人に譲ったり、まだ利用したことは無いがメルカリなどで販売できるだろう。ただ、どうしても人に譲るのが難しいものがある。
それが生き物だ。
私は20代の頃、ネコを飼っていた。
だが、海外での仕事が決まり7年飼っていたそのネコを両親に預け、結局最後まで面倒を見なかったことがある。
それは実家に帰省する前日のこと。
ネコの具合が悪くなったことを知った。
それを聞いたときに、会いたい気持ち以上に死んでいくネコを見たくない気持ちが勝ってしまったのだ。
その日は忘れもしない12月30日。
早朝から降り始めた雪は次第に激しさを増していた。
実家に向かう列車の中で、降りしきる雪を見ながら死に目に会いたくないと私は願っていたのだ。
そんな気持ちを知ってか知らずか、ネコは30日の早朝に息を引き取った。
ネコを看取った父は雪が積もる前に、と朝早く実家の敷地にある梅の木の下にお墓を作って埋葬してくれていた。
私はうちのネコの元気な姿しか知らない。
具合が悪くなった姿も死に目も居合わせなかった。
そんな無責任な私でもネコが虹の橋を渡ってしまったことで悲しみにくれていた。
そして毎晩、寝る前になると私は涙が溢れて仕方なかった。
泣いても泣いても涙が止まらないのだ。
ある晩、私は夢を見た。
花が咲き乱れる場所に一本の虹がかかっていた。
そこにうちのネコが楽しそうにぴょんぴょんと走り回っているのだ。
生きている間、こんな風に走り回る姿はほとんど見たことがないのに…。
その日から毎晩のように泣くことは無くなった。
そして、少しずつ死に目に合わなかったことを後悔するようになった。
私が一番しなければいけなかったこと、それはうちのネコの最後を見届けること。
どんなに辛くても、それが私の役目だったのだ、と。
そんな当たり前のことにようやく気付いたのだ。
生き物を飼うと決めた以上、出来る限り天寿をまっとうさせて最後を看取る。
私はそれを放棄してしまっていたのだ。
そして今、私の部屋には熱帯魚が居る。

自動給餌器があるので数日の間、家を留守しても大丈夫だ。
しかも犬や猫とは違い、毎日の世話はいらず寿命も短い。
そう思っていたのだ。
だが、それは大きな間違いだと気付かされる。
たまたま気に入ってお迎えした2匹のプラティ。
実はその2匹はオスとメスだった。
そしてお迎えした翌年には…
生き物を飼う以上、最後まで面倒を見る。
それは私の胸に刻まれている。
だがしかし…
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