いつまで生きられるかな?ーすい臓ガンになってからー

2023年12月28日すい臓に癌があることを医師から告げられました。局所進行型のすい癌。フォルヘリノックス30回目でアレルギーが出たため、現在はアブラキサン+ゲムシタビン併用治療を行っています。ぼっちだけど前向きに生きています。

2025年02月

23回目の抗がん剤、1時間半でストップとなる -超簡単更新-

本日、23回目の抗がん剤フォルヘリノックスの投与日。

しかし、開始1時間半で突然に右胸部に圧迫感あり、しばらくたっても治まらないので看護師さんにその旨を報告。
3~4人の看護師さん達が素早く動き周り、医師に電話連絡。
その後、抗がん剤の点滴を外し他の点滴を腕から注入。
その他、色々な装置が身体中に付けられた。

ほどなくして心臓の圧迫は無くなった。
圧迫感は時間にして30~40分だったと思う。

そして現れたおぼっちゃまくんことH先生。
因みに朝一で診察してくれたのは担当のF先生である。

心電図には異常が無いとのことで、抗がん剤を続けるか止めるかの話となったが、止めることを選択。

現状、食欲不振と手足のしびれは強い。
なので今日はここまで


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愛しのおぼっちゃま先生と素敵過ぎる看護師さん達 -その②-

本日のブログは昨日の続きとなる。
未読の方は先に「愛しのおぼっちゃま先生と素敵過ぎる看護師さん達 -その①-」を読んで欲しい。

では行く!

H先生の最初の印象は「おぼっちゃまくん」だった。
正確に言うと髪型がおぼっちゃまくんなのだ。
実は髪型ばかり気になって初対面の時に何を話したのか全く覚えていない。
ただ、たいして具合が悪い訳でも無いのに車椅子に乗って表れてしまったことが、恥ずかしかったのは覚えている。
そして肝心の看護師Dさんは外科病棟に入り、H先生に挨拶すると早々に行ってしまった。
果たしてH先生は看護師Dさんのお眼鏡に叶ったのか?残念ながら答えを聞きそびれてしまった。

その後も抗がん剤投与後に具合が悪くなるとH先生に診て頂くことが1回か2回あったと思う。
いつもひょうひょうと話すH先生だが、その裏には医療に対する熱い思いがみなぎっていた…かどうかは知らないが、間違いなく患者に寄り添う医者だと思う。
だがしかし、その方法が独特だったりする。

こんなエピソードがある。
昨年8月にコロナ感染と肺炎で急遽診察してくれたのもH先生だった。

その時「うちにはお魚が居るので入院できません!」とH先生にゴネていた。
今思い返すと恥ずかしい限りなのだが、まさかその時に入院するとは思ってなかったのだ。
結局、長い入院生活となってしまったのだが、その間、毎朝病室に様子を見に来てくれたのがH先生だった。
因みにH先生はあくまでも緊急に診ていただけで、すい臓ガンの担当医はF先生である。
おまけに入院理由はコロナ感染と肺炎なので担当は呼吸器科なはずである。

結局、入院中に呼吸器科の先生は一度も病室に訪れることも私を直接診ることも無かった。
その代わり毎朝(時には夕方も)様子を見に来てくれたH先生。
彼は私だけではなく、お魚のことも心配してくれ、私が自宅に帰ってお魚の様子を確認できるよう、呼吸器科の先生に頼み外出許可を取ってくれたのだ。

良い人過ぎるH先生。
話がここまでであれば良い話である。

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ここから良い話がお笑いに変化していく

11月末に吐血と下血で病院へ連絡した時のこと。
「お魚の餌を設置してから病院に来てください…と先生が言っています」と電話口の看護師さん。

病院へ行ったら行ったで
「それでお魚は何日だったら大丈夫?」H先生
「1週間位なら…」私
「それなら入院は1週間ね」至極真面目な表情のH先生

私の入院日数はうちのお魚次第なんですか!

そしてこの前の嘔吐で病院に連絡したときも
「お魚にちゃんと餌をあげられてる状態で来てくださいね!」と看護師さん。

そんなこんなで
「私=お魚を飼う人」と言うのが病院内で定着してしまった。
結果、私が入院するとH先生を筆頭に看護師さん達もうちのお魚を心配するようになったのである。

今更ながら、お笑いではなくただの良い話だったwww

所でこのH先生、
入院中は度々様子を見に来てくれ、何故か担当の先生に掛け合ってくれて私の希望する退院日の調整までしてくれる。

H先生、ホント良い人過ぎ。

因みにこのH先生、男性看護師でも着ないようなネズミ男の衣装のようなネズミ色の上下を着ていて(制服?)白衣を着ていなことも多いので、あまり医者には見えない。

その実、H先生は
消化器外科のセンター長なのである。

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愛しのおぼっちゃま先生と素敵過ぎる看護師さん達 -その①-



暗い内容が続いてしまったので今回は温めておいた病院ネタ(⁈)を披露する。
笑顔になりたい方、必見ならぬ必読!

すい臓ガンに罹患してからF先生に診てもらっている。
実はF先生、昨年4月から同系列の別病院へ移動になっていた。
けれど毎週金曜日の午前中だけは同病院で引き続き診察を受け持っいたのだった。
私もその内の一人だ。
ただF先生の勤務形態上、金曜午前中以外に何かあると他の先生に診てもらうことになる。
それがH先生だった。

H先生との初めての出会いは昨年4月頃だったと思う。

ある時、抗がん剤治療後に少し動悸を感じたため休んでから帰宅しようとした。
その旨を伝えたところ放射線外来の看護師さん達がとても心配してくれたことがあった。

「少しベッドで横になっていれば大丈夫です!」と私
「いえいえ、何かあったらいけませんから、直ぐに先生に連絡します!」と看護師Aさん
「大丈夫です!少し休めば帰れるので…」私
「ダメです。私達では決められないので先生に連絡します!」看護師Bさん

そして集まりだした看護師さん達によって囲まれる私…

「私、車椅子を持ってきます」看護師Cさん
「えぇぇぇ、そこまでしなくても自分で歩けますから」私
「転んだら大変です!」有無を言わせない看護師Dさん
「・・・・・」(休みたいなんて言わなければ良かった、大事になってしまったと激しく後悔する)私

そうこうしている内にF先生の代わりに診れくれる先生が見つかった。
それは関連病院から4月に移動して来たばかりの消化器外科のH先生だった。

あれよあれよと言う間に私は車椅子に座らされていた。
そして
「私が消化器外科に連れて行きます。
 今度来られたH先生はどうやらイケメンらしいので会ってみたいんですっ!」看護師Dさん
(えっっ、そこかい⁉)

ちょっと動悸を感じる程度で、重症でも何でもない私は(イケメン先生に会ってみたいと言う看護師さんの意思のもと)車椅子に乗せられH先生と対面することとなった。

そして初めてH先生を見た印象は・・・・

お、お、おぼっちゃまくん⁈

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しかしこの出会いが、後に新たな笑いを生み出すことをその時の私はまだ知らなかったのである。
※看護師A~Dさんは全て仮名

愛しのおぼっちゃま先生と素敵過ぎる看護師さん達 -その②-に続く

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言うべきか、言わざるべきか? -心が折れてしまった理由-

今日も暗く重い内容なので気分が落ち込む可能性がある。
それでもオッケーと思える方のみ読んで欲しい。

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自身の病気について、どの程度周りの人に話すのか?
人それぞれで異なると思う。

比較的初期段階のガンであるせいなのか、ガンに罹患したことを話してくれる友人は多い。
ざっと数えただけでも7人いた。
そして母も5年前に大腸ガンで手術をしている。


私の場合はどうかと言うと…
姉には詳しい話をしている。
けれど親しい友人でさえ自分の病気のことを話すことはできなかった。

抗がん剤治療を1年続け、思いのほか元気なので今年に入ってから友人に自分がガンに罹患していることを話している。ただ、殆どの友人にはすい臓ガンとは言えず、消化器系のガンであることだけを伝えている。

しかし両親には私がガンであることを話していない。

数年前から患っているバセドウ病については知っているので、その為に通院していると考えているし、私自身もそう説明している。


ガンであることを話すべきか、話さないべきか?

私は早い段階で両親には自分の病気について「話さない」と言う結論を出している。
これについて、姉からは「話すべきだ」と反対された。
姉曰く、親として子供が病気であることを知らないのは問題外であると…

もし両親が10歳若ければ自分の病気について話し、相談にのってもらっただろう。
だが今は父は要介護、母は要支援が必要な状況である。
そんな状況でガン、しかも根治が難しいすい臓ガンに罹患しているとは言えない。

1年前も今も両親に自分がガンであることを言わないことについては揺るぎがない。
ただそのせいで母は事あるごとに、「早く元気になって帰省してお母さんを手伝って欲しい」と言われている。
その度に「まだ病気が良くなっていないから、前のように帰省して手伝えない…」と伝えても、電話の度にそれを言われてしまう。
何度も何度も…

父の入院などもあり、母に強い口調で「今後についてきちんと兄家族とも話して欲しい」言ったこともあった。
滅多に泣いたりしない母なのだが電話口は涙声になっていた。

長い間治まっていた脇腹の鈍い痛みがぶり返してきた。
けれどそれよりも痛みを感じているのは心なのだ。

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22回目の抗がん剤と折れた心 -簡単更新-

2月12日に22回目の抗がん剤フォルヘリノックスの投与があった。
いつも通り治療前に血液検査があり、白血球赤血球共に基準値以下ながら、ギリギリ治療ができる値だった。
但し、1週間後に更に白血球が下がるので身体に異変があれば直ぐに病院に来るよう言われていた。

そして肝心の腫瘍マーカー値は…

149

プラス16となった。
先月は133(前々回から+1)でほぼ横ばいだった値から上昇。

上昇になった理由として考えられるのは、

・治療前に湯治に行っていない
・父の入院と母の心配からくるストレス?

特に高齢で一人暮らしをしている母の心配は尽きない。
その事で心が折れることもあった。

更に今回の副作用は嘔吐が酷かった。
フォルヘリノックス投与2日目から嘔吐1回、3日目に嘔吐3回(内1回は吐血)、4日目以降も嘔吐を繰り返し、4日間で体重が5キロ減ってしまった。
胃が空っぽでの嘔吐なので出てくるのは胃液だけ、それが苦しい。
5日目についに病院へ連絡し、点滴を打ってもらった。
入院の話もあったが、点滴を打ったことで体力も回復したので、自宅に戻って来た。
食欲は無いが、少しずつ食べられるようにもなっている。

久しぶりのブログ更新で暗い話題になってしまった。
今は随分と元気になったのでご安心を!

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